『刑事( Un maledetto imbroglio)』

 開局したてのテレビ局は自社制作の番組だけでは放送時間を埋められなかったからか、アメリカのテレビ映画(連続ドラマ)やヨーロッパの映画をよく放送していた。

小学生だった私は学校から帰るとフジテレビの洋画放送を良く見た。イタリアやフランスの映画だったが、『自転車泥棒』『鉄道員』『禁じられた遊び』などが放送されていた。特に『禁じられた遊び』は反響が大きかったので何度も放送された。これらの作品には私と同世代の子供が登場するので、夢中になって見ていた記憶がある。

『自転車泥棒』・・・ポスター貼りの仕事をしていた男は自転車を盗まれて仕事を失ってしまう。一人息子を連れて盗まれた自転車を探し歩く男。父親に必死について行く子供が見聞きする大人の世界。

あちこち歩き回って疲れた親子は休憩するためにレストランに寄る。息子にピザを注文してワインを飲む父親。別のテーブルでは金持ちそうな親子連れがナイフとフォークで食べている。息子は手づかみでピザを食べるのだが、金持ちの子が蔑んだような目つきで見ているのが気になってしようがない。

男の子の中に不安が広がっていく。

夕方、サッカー場から大勢の観客が出てくる。競技場の周りには自転車が沢山並んでいて人並に混じって自転車で帰る人達でごった返している。その様子をじっと見ていた父親は息子に家に帰るように言いつけて、人込みの中に消えて行った。

『泥棒!』という声の方向を見ると、父親が自転車に乗って走っている。大勢の人が父親を追いかけて、遂に父親は捕まってしまう。

男たちに囲まれて小突き回される父親、息子は人込みの中を父親の名前を呼びながら分け入っていき、父親の腰にしがみつく。

その様子を見て、自転車の持ち主は父親を許した。男たちは口々に非難の言葉を投げかけながらその場を離れていった。

群衆に押し流されるように家路につく親子。息子は歩きながら父親の手を握る。父親の頬には涙が。

・・・こんな映画を一人で観ていた。映画に育てられたようなものだが、子供にも分かり易い映画もあれば、少し背伸びした映画もあった。

イタリア映画 『刑事( Un maledetto imbroglio)』

幸せな新婚生活を夢見た男女が落ちてしまった人生の落し穴。
事件は迷宮入りかと思われたが、ピエトロ・ジェルミ扮する刑事が男女を追い詰めていく。
ヒロイン役のクラウディア・カルディナーレが美しい。
一度聴いたら忘れられない主題歌『死ぬほど愛して』
『♪アモーレ・アモーレ・アモーレ・アモーレ・ミーオ~』と出だし部分は子供でも歌えた。

これを見たのは小学校何年生だったろうか。
親に知れたら怒られるような気がしたのを覚えている。
私はクラウディオ・カルディナーレが可哀そうだと思ったが『死ぬほど愛して』の本当の意味など分る年齢ではなかった。
むしろ、主役のピエトロ・ジェルミがあの『鉄道員』の父親役で出ていたことと同僚刑事役のサロ・ウルツィがやはり『鉄道員』の同僚機関士役で出ていたことを発見して喜んでいた。

そして『道(LA STRADA)』イタリア映画
非道な旅芸人ザンパノ(アンソニー・クイン)に買われたジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)。
頭は弱いが純真なジェルソミーナが最期にはザンパノに捨てられてしまう。
何年かしてザンパノがジェルソミーナを捨てた街に戻ってくるとあのジェルソミーナが吹いていたラッパの音が聞こえる。
尋ねてみるとジェルソミーナは死んだと聞かされる。
夜、ザンパノは波打ち際で一人嗚咽する。

実は、この名匠フェデリコ・フェリーニの名作『道』は、大人になってから見た。
子供の頃に見たのは、同じフェデリコ・フェリーニの
『カリビアの夜(Nights of Cabiria )』
ここで娼婦カリビアを演じたジュリエッタ・マシーナを覚えていて、大人になって『道』を見た時にあの女優だと懐かしい気持ちになった。
ここでもジュリエッタ・マシーナは陽気で純真な娼婦を好演していて、子供心にカリビアに感情移入して泣いたことを思い出す。

今度こそ幸せになれると思った時、男の狙いは自分の金だと気付くカリビア。体を売って貯めた全財産を男にあげるから『いっそのこと殺して』と頼むカリビアから金の入ったバッグを奪って男は逃げて行った。
泣き疲れて眠ってしまったカリビアは、若い男女のグループが唄って歩いている歌声で目覚め、いつしか一緒に歩いていた。カリビアの表情には微笑みが戻っていた。・・・

当然、娼婦がどういうものか知る由もなかった。
子供の私はカリビアに同情し、エンディングで彼女の笑顔が見られたことで救われた。

10歳前後の子供が見るのに相応しいとは言えないだろうが、私は子供の頃に見ていて良かったと思っている。
司馬遼太郎は中学の時に背伸びして『源氏物語』を読もうとして親から『まだ早い』と叱られたという。
私も新聞小説を読んでいて父親に叱られたことがある。
ところが、親の目を盗んで天袋に隠された父親の古いボストンバッグの中から江戸川乱歩の本を見つけ出し、こっそり読んだのは小学生6年か中学生1年になった頃だ。『屋根裏の散歩者』や『人間椅子』といった隠微なエロティシズムに猛烈に興奮させられた。
だからと言って私が不良少年になった訳ではない。
子供の好奇心は360度。むしろ「あれは駄目、これも駄目」と言って子供の芽を摘むのも親だという現実もあるのだ。
規制するよりも良いものを与える方が遥かに良い結果をもたらすだろう。

自社制作では賄えずに洋画を放送していたテレビ局に感謝したい。もしあの頃イタリア映画やフランス映画を放送してくれなかったら、私の人生から大事なものの一部が欠けていただろう。

今、私の大事なものは理路庵先生のブログ。
『CEBU ものがたり』
是非読んで欲しい。







コメント

  1. 「刑事」「自転車泥棒」「道」「カリビアの夜」。
    観ました。
    「時代が人をつくる」とは、よく言われることですが、時代はその時々の人の営みの風景を色濃く反映することもありますね。
    音楽、映画、服装などなど。
    「道」のジェルソミーナの、あの純真無垢な姿は、人の「本性」にも通ずるような気がします。
    今回もまた、ブログの内容に堪能いたし候。

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  2. 理路庵先生コメントありがとうございます。
    先生と同じ映画を観ていたんですね。
    『死ぬほど愛して』を口ずさんでおられましたか?

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