THE BEATLES - Yesterday

 私が初めてビートルズを聴いたのは大学生の先輩の家に遊びに行った時だった。イギリスやアメリカですごい人気になっていると聞かされても山口君も私もその時は別に何とも思わなかった。

 その内にフジテレビで『ビートポップス』という番組が始まって、ビートルズやビージーズなど全米ヒットチャートの上位曲を紹介してくれるようになった。中でも『Yesterday』は何週も1位に輝いていた記憶がある。

 『ビートポップス』は司会の大橋巨泉の両隣に「ミュージックライフ」編集長の星加ルミ子と音楽評論家の木崎○○が座って曲紹介をしていた。振付師の藤村俊二(おひょいさん)もいて曲に合わせてスタイルの良い小山ルミがミニスカートで踊っていた。
 その頃のビートルズは既にポップス界の頂点に立っていたが、やっと少年になった私は遅ればせながらビートルズ世代の仲間入りをした。翌年ビートルズの来日公演が決まっていてヨーロッパやアメリカでのすさまじいファンの熱狂がニュースになっていた。
 『イエスタディ』『ミッシェル』『ガール』『アンド・アイ・ラブ・ハー』といったそれまでのロックンロールとは違うスローバラードをリリースした頃からビートルズはどんどん進化(変化)していった。数年後に私が初めて買ったアルバムは『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でそれはもう単なるロックグループとは言えないものだった。

 『ビートポップス』といえば思い出すのが巨泉の駄洒落で「牛も知ってるカウシルズ」と紹介していた『雨に消えた初恋』や「貴様ドゥ俺とは(同期の桜)」と紹介していたデイヴ・ディー・グループの『キサナドゥの伝説』を思い出してしまう。恐るべき巨泉の駄洒落の力でたいした曲でもないのに半世紀も脳裏に焼き付いてしまっている。

 グループサウンズ全盛の時代が到来したのだが、私の中では本家本元のアメリカンポップスはこれだと思った曲が少し前の曲になるがザ・ロネッツの『Be My Baby』(1963年)。

 音楽の評論家では無いのであくまで個人的な感想だが、大瀧詠一の作品にも影響を与えてたのではないかと思っている。『ロングバケーション』というCDを買ったのは随分後のことだが、聴きながら何故かロネッツを思い出した。その時、やはりあの『Be My Baby』はアメリカンポップスの王道を行く曲だったのだと一人で納得していた。

 耳に残る曲というものがある。あの頃、日本中で流行った和製グループサウンズのほとんどはスタンダードにならなかった。アメリカの音楽産業の底力は凄い。そしてそのアメリカを席巻したビートルズは偉大だったのだと改めて思う。

・・・・
 日本教育テレビ(NET、後のテレビ朝日)ではアメリカの『ゴーゴーフラバルー』を放送していた。提供は京浜急行。
 なぜこんな細かいことまで覚えているかといえば、この番組を女友達の家で見ていたからだ。京浜急行のロマンスカーのコマーシャルはアベックシートで海岸線を疾走するとても夢のあるCMだった。
 私の初恋は和代ちゃんでずっと一途に想っていたが、クラスが別になってしまって疎遠になっていた。そして全くタイプのちがう派手な女の子に惹かれてしまった。中学生にして早くも手玉に取られてしまったのだが、その子の家で一緒に見たのが『ゴーゴーフラバルー』だった。
 御両親は留守だったがお兄さんがいた。彼女のお兄さんは早稲田大学の学生だった。三人一緒にいると何故か気まずい空気になって私も無口になった。すると大学生のお兄さんはベートーベンの『田園』を聴くかといって当時は珍しかった家具調のステレオでLP盤のレコードをかけてくれたりしたが、とてもクラシック鑑賞などという気分にはなれなかった。
 そこで気分直しにテレビを観たのがこの番組で『ローリングストーンズ』というビートルズと人気を二分したグループの歌を始めて聴いたのがこの時だった。
 ローリングストーンズはビートルズと違って乱暴な印象のあるグループだったが、ボーカルのミック・ジャガーは好青年でとても意外だった。 

 歌のサビで繰り返すところがあって、「ヘイ、ユー、オブマイサイ」としか聞こえない。するとお兄さんが紙に書いて見せてくれた。
 「一人ぼっちの世界」という曲でサビの部分は、
Hey, you, get off of my cloud
このくらい、もう中学生なんだから解るよね。
・・・素直に読めば『ねえ、君、僕の雲から降りろ』だけどそんな訳ないな。困ったなよく解らない。
 辞書にある一番上の意味しか知らないのだから仕方のないことだったが『解るよね』という意地悪な質問に素直に答えることは出来ず黙ってしまった。
 何も言えない自分が口惜しかった。
 私は二度とこの家に行かなかった。底意地の悪い大学生から受けた恥辱は、和代ちゃんを裏切った報いだと思った。
  
・・・
 先週に続いて英語にまつわるトラウマ。
 私はけっして劣等生ではなかった。英語の成績も取り分けて良くはないだけで普通だった。(本当です!)
 ただこれは物にならないという諦めが初めからあった。
 自分自身で『物にならない』という気持ちになる初めての経験だった。だからトラウマとなって未だに心から消えないのだろう。

 誰にでも「トラウマ」の一つや二つあるに違いない。せめて自分は人の「トラウマ」を作るようなことをしまいと改めて思う。
 そんな私は心優しい理路庵先生のブログを必ずチェックしている。
 ブログ『CEBU ものがたり』のアドレスは
 

コメント

  1. 上記にあるビートルズやローリングストーンズについても言えることですが、一時代を築いた、あるいは、築くほどの人たちの共通点は、圧倒的な才能があったからこそ成し得た、ということでしょう。
    才能が絶対的に求められるような世界、たとえば、芸術やスポーツなどでは、才能の有無こそが人を区別すると言ってもいいでしょう。有才能者は勝者になり、無才能者は敗者になる。才能とは残酷なものかもしれません。

    さて、今の世の中をざっと見渡してみると、一時代を築くであろうという凄まじいほどの逸材が生まれ育つ社会的素地が軟弱になってきつつあるのではないかと感じることがよくあります。
    最大の理由は、世界の平板化です。どの国も地域にも、同じような言動・文化・服装などが拡散しています。平板化の主因は、SNSの浸透でしょう。
    平板化が将来、世界にもたらすものの行く末はどのようになるのか。

    トッポジージョさん、このところブログを怠けてしまって申し訳ありません。諸事雑事ばかりで、「困っちゃうな~」、デイトに誘われるならまだしも、時間ばかり削られて「どうしよう~」
    そこで、この文句。Hey, you, get off of my cloud. この文だけでは、もちろん訳しようがありません。歌を全部聴いてみました。「おい!テメエ、俺の邪魔をすんじゃねェよ!」

    意地悪な大学生でしたね。無意味なトラウマなど持つ必要はさらさらありません。トッポジージョさんの有能さは、私にはよく分かっていますから。
    初回ブログにも書いたとおり、遥か彼方に見える、あのトッポジージョさん自身の「輝き」に向かって、これからも歩をすすめてください。

    返信削除
  2. 理路庵先生コメントありがとうございます。

    あの一文がどこをどうしたら「おい!テメエ、俺の邪魔をすんじゃねェよ!」になるのか皆目見当がつきません。
    本当に理路庵先生は凄い。

    ローリングストーンズがサビで叫んでいたのはそういうことだったのですね。
    ライブでサビの部分になると聴衆も一緒になって唄っている動画がありましたが、歌詞の意味が解っていれば私だって叫んでいたでしょうし、ローリングストーンズのファンになっていたと思います。
    そう思うと本当に残念なことをしました。
    やはり理路庵先生は教育者になるべき人だったんだと勝手に思った次第です。

    今日ほど気持ちが楽になったことはありません。
    本当にありがとうございました。



    返信削除

コメントを投稿